
みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。
このたび「飛鳥・藤原の宮都」が世界遺産に認定された奈良県。関西人が抱く奈良のイメージといえば、大阪のベッドタウンとか、大仏様と鹿だったりするのですが(個人の感想です)、温泉もかなりの実力の持ち主なのです。今回は奈良県の南部、紀伊半島の中心部にある天川村の洞川(どろがわ)温泉を紹介します。

ミステリー作家の内田康夫氏による、「天河伝説殺人事件」の舞台となった天川村。こちらの洞川温泉は以前から興味はあったものの、なにせ遠い。奈良県は南北、つまり縦に長い割に縦走する道路網が貧弱なので、なかなか足が向きません。ところがある日、名古屋のお友達とお酒を飲みながら「温泉へ行きたいね-」という話になった瞬間、この洞川温泉がひらめきました。酔っ払いが企画する旅の行先は、何がきっかけで決まるかわかりません。


洞川温泉の成り立ちは、修験道と深く結びついています。1300年前、修験道の開祖である役行者(えんのぎょうじゃ)が大峯山(山上ヶ岳)を修行の場としたことから、そこに集う山伏の宿場町として栄えました。ちなみに、厳しい修行を通じて会得した力(法力)を使う山伏は、雨乞い、病気平癒、安産祈願、憑きもの落しの加持祈祷を通じて、当時の人々の悩みや苦しみを和らげるカウンセラーのような存在だったそうです。


さて、近鉄大和八木駅で合流した私たちは、明日香村を横目に車で洞川温泉へ向かいます。吉野山へ向かう道と分かれて、カーブだらけの峠道を走り、いくつものトンネルをくぐり抜け、ようやく洞川の集落が見えてきました。かつて社内研修の講師としてお招きした、クリエイティブディレクターの銭谷明夫さんに紹介してもらったお宿は、創業500年の歴史を誇る花屋徳兵衛さん。大勢の山伏が一度に宿へ上がれるよう、道路に向かって開け放たれた縁側が、旅の気分を一気に盛り上げてくれます。


通してもらったのは、二間続きの7~8人が雑魚寝できる広大なお部屋。近年の温暖化の影響で部屋にはエアコンが標準装備されていますが、洞川は標高800mほどの高地にあるため、この日は扇風機だけで充分でした。山の気配が色濃く漂う集落を歩くと、道の両側にずらりと並ぶ旅館の縁側と、豊かな湧水をたたえた手水鉢が続きます。周囲が暗くなり、吊るされた提灯にあかりが灯ったら、そこは幻想的な別世界に様変わり。役行者が従えたという鬼の夫婦、前鬼(ぜんき/夫)と後鬼(ごき/妻)がお出ましになりそうな、厳かな雰囲気に包まれます。


かけ流しの温泉は無色無臭で、つるんとした手触りの湯が、日々の仕事で疲れた身体とやさぐれた心を優しく包んでくれます。お湯を堪能したら、次はお待ちかねの夕餉のお時間。地元で採れた香り高い新鮮な野菜や、清冽な水で仕込んだ豆腐、生命力あふれる川魚をいただくと、体内に新たな気が満ちて魂まで浄化されるようなきがします。もちろん、すっきりした味わいの地酒がもたらす、ただの錯覚ですがね。


翌朝は暗いうちに起き出して、温泉で身体を清めます。その後、暖簾を掲げておられたご主人の十七代目花谷芳春さんとあいさつを交わして、修行代わりのお散歩へ。早暁の修験道の里には川のせせらぎが響き、空気はさらに透明感を増して、凛とした独特の気配が満ちていました。〝なんちゃって山伏〟はたったこれだけのことでも、修行した気になるのです(笑)。


こうして1泊2日の修行?を終えて、引き締まった心と身体になった〝なんちゃって山伏隊〟は、厳粛な面持ちで大和八木駅に戻ってきました。ところが車から降りた瞬間に襲って来たのは、梅雨明け直後の刺すような日差しと、圧を感じるほどの熱波。この強烈な洗礼を受けた我々は、なんちゃって山伏から秒で俗人へと転生し、いそいそと駅前の居酒屋へ向かうのでした。
