コラム

社長コラム
2024.09.10
ふるさと
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 みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。

 「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」。一度は聞いたことがあると思いますが、これは室生犀星(むろうさいせい)の「小景異情」の一節です。ふと遥か遠いふるさとに思いを馳せる、都会に出てきたばかりの若者の心境がリアルに伝わってくる気がします。それに比べて私の〝ふるさと〟は、大阪市内の勤め先から距離にして10km足らず、近鉄電車でたったの15分の八尾市。

市の玄関口である近鉄八尾駅。JR八尾駅と区別するため〝きんやお〟と呼びます。奥の建物は閉店した八尾西武百貨店の後継テナント。

 ここは奈良の都と大阪湾をつなぐ旧大和川の流域という、水運に恵まれた土地ゆえ古代からの歴史遺産が豊富で、子供の頃は町工場と田畑や住宅が混在するのどかな町でした。が、今では住宅やマンションが乱立し、百貨店は撤退し、幹線道路には日本中どこでも見られるチェーン店の看板が連なる、まったく特徴のない町になってしまいました。

15世紀に本願寺の蓮如上人が建立した西証寺の流れをくむ、久宝寺寺内町のシンボル顕証寺(けんしょうじ)。大屋根の曲線が美しい!
およそ1100年前からこの地にあるとされる許麻(こま)神社の境内。ここでの夏祭りは、地元の中学生が心をときめかせる一大イベント。

 こうなると〝ふるさと〟という言葉がどうもしっくりこない。試しに広辞苑で〝ふるさと〟を調べてみると、①古くなり荒れ果てた土地。②自分が生まれた土地。③かつて住んだことのある土地。とのこと。②はともかく、③も〝ふるさと認定〟してもらえるのであれば、もっと風光明媚でおしゃれな場所を代わりに選んでもいいかもしれません。しかも、2022(令和4)年から観光庁が主導して地域の交流・関係人口の創出と活性化を狙った「第2のふるさとづくりプロジェクト」が始まっています。せっかくなのでこの流れに便乗し、私も第2のふるさと候補を考えてみました。

六歌仙のひとり、在原業平が見初めたお茶屋の娘のもとへ通うため、奈良から越えた十三(じゅうさん)峠。八尾市が一望できます。
約300年前、治水のために現在の川筋に付け替えられた大和川。おかげで低湿地帯だった河内平野は、木綿の一大産地となりました。

 最初にふるさと、として思いついたのは滋賀県の大津市。螢谷(ほたるだに)といういかにも風情ありげな町は、かつて所属していたボート部の合宿所があった場所です。琵琶湖から流れ出る唯一の自然河川である瀬田川のほとりに位置し、近くには大河ドラマで有名になった日本遺産認定の石山寺、浮世絵版画で有名な歌川広重らが手掛けた、近江八景の「瀬田の夕照(せきしょう)」「石山の秋月」などが控えております。滔々と流れる川面に釣糸を垂れれば、太公望かヘミングウエイの気分が味わるロケーション。移ろう季節を五感で感じることができます。

関西におけるローイング競技のメッカ、瀬田川。右の川沿いが螢谷。現在は京都大学と龍谷大学の艇庫があります。
壬申の乱や俵藤太の大ムカデ退治で有名な瀬田の唐橋。「急がばまわれ」の語源にもなった、東海道の交通の要衝でもあります。
建物に〝ディープパープル〟塗装を施した紫式部仕様の京阪石山寺駅。入線してきたのは本屋大賞を受賞した「成天」のラッピング電車。
その次に入線してきたのは「光る君へ」。さすがに強い日差しの影響で退色気味ですが、年末までしっかり走り続けます。

 もうひとつは、20年にわたって夏に訪問している長野県松本市の乗鞍温泉。毎年8月に行われる乗鞍ヒルクライムという自転車のイベントに参加するため、お盆休みにトレーニングを兼ねて〝合宿〟してきた馴染みの場所です。かけ流しの白濁した温泉、冷涼な気候と豊かな自然、視界いっぱいに広がる乗鞍岳と大雪渓という、心も体も癒してくれるアイテムが標準装備。まるで夢のような生活が体験できます。

屏風のように立ち並ぶ、標高3,026mの剣が峰を主峰とする乗鞍岳。この撮影地点がすでに標高1,450m。なんとなく空気が薄いです。
ガスに覆われる「日本一標高の高いところにあるバス停」。ここに乗り入れできるのは、バスかタクシー、自転車のみ。この日の気温は12℃。
もう28歳になったここの息子さんは、この時期は帰省して厨房のお手伝い。手製のきゅうりのピリ辛漬け、実においしゅうございました。
源泉かけ流しの温泉は、どこまでも優しく身体を包んでくれます。窓の外には、一面に真っ白な花を咲かせる蕎麦畑。あー極楽、極楽。

 と、まあ勝手な妄想を膨らませてきましたが、冒頭で紹介した「小景異情」は望郷の詩ではない、と最近になって知りました。生まれた直後に実の親から引き離されたり、中学校を中退して働かされたり、その出自や学歴のせいで中傷されたりと、むしろふるさとを恨みつつこのまま東京で生きていく、そんな犀星の思いが込められているそうです。

 つまり、ふるさとはいいことばかりでなく、愛憎入り混じった複雑な思いで語られる場所なのかもしれません。八尾もかつてはあちこちに「ひったくりに注意!」の貼り札があり、路地裏ではカツアゲが横行し、学校では校内暴力の嵐が吹き荒れる、というやさぐれた町でした。しかし、私にとっていい思い出も苦い思い出も兼ね備えた場所となると、やはりここ。ゆかりのある天台宗の〝型破りな僧侶〟こと今東光(こんとうこう)が愛し、公式サイトでこの町の出身地とする天童よしみが唄い、河内音頭家元の河内屋菊水丸が踊り狂う八尾の町。なんだかんだいっても、やっぱりここが〝ふるさと〟なのでしょう。

市内中心部にそびえ立つ、外装工事中の八尾市役所。ちなみに電話の保留音は河内屋菊水丸の「しばらくお待ち下さい河内音頭」。