みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。
「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」。一度は聞いたことがあると思いますが、これは室生犀星(むろうさいせい)の「小景異情」の一節です。ふと遥か遠いふるさとに思いを馳せる、都会に出てきたばかりの若者の心境がリアルに伝わってくる気がします。それに比べて私の〝ふるさと〟は、大阪市内の勤め先から距離にして10km足らず、近鉄電車でたったの15分の八尾市。
ここは奈良の都と大阪湾をつなぐ旧大和川の流域という、水運に恵まれた土地ゆえ古代からの歴史遺産が豊富で、子供の頃は町工場と田畑や住宅が混在するのどかな町でした。が、今では住宅やマンションが乱立し、百貨店は撤退し、幹線道路には日本中どこでも見られるチェーン店の看板が連なる、まったく特徴のない町になってしまいました。
こうなると〝ふるさと〟という言葉がどうもしっくりこない。試しに広辞苑で〝ふるさと〟を調べてみると、①古くなり荒れ果てた土地。②自分が生まれた土地。③かつて住んだことのある土地。とのこと。②はともかく、③も〝ふるさと認定〟してもらえるのであれば、もっと風光明媚でおしゃれな場所を代わりに選んでもいいかもしれません。しかも、2022(令和4)年から観光庁が主導して地域の交流・関係人口の創出と活性化を狙った「第2のふるさとづくりプロジェクト」が始まっています。せっかくなのでこの流れに便乗し、私も第2のふるさと候補を考えてみました。
最初にふるさと、として思いついたのは滋賀県の大津市。螢谷(ほたるだに)といういかにも風情ありげな町は、かつて所属していたボート部の合宿所があった場所です。琵琶湖から流れ出る唯一の自然河川である瀬田川のほとりに位置し、近くには大河ドラマで有名になった日本遺産認定の石山寺、浮世絵版画で有名な歌川広重らが手掛けた、近江八景の「瀬田の夕照(せきしょう)」「石山の秋月」などが控えております。滔々と流れる川面に釣糸を垂れれば、太公望かヘミングウエイの気分が味わるロケーション。移ろう季節を五感で感じることができます。
もうひとつは、20年にわたって夏に訪問している長野県松本市の乗鞍温泉。毎年8月に行われる乗鞍ヒルクライムという自転車のイベントに参加するため、お盆休みにトレーニングを兼ねて〝合宿〟してきた馴染みの場所です。かけ流しの白濁した温泉、冷涼な気候と豊かな自然、視界いっぱいに広がる乗鞍岳と大雪渓という、心も体も癒してくれるアイテムが標準装備。まるで夢のような生活が体験できます。
と、まあ勝手な妄想を膨らませてきましたが、冒頭で紹介した「小景異情」は望郷の詩ではない、と最近になって知りました。生まれた直後に実の親から引き離されたり、中学校を中退して働かされたり、その出自や学歴のせいで中傷されたりと、むしろふるさとを恨みつつこのまま東京で生きていく、そんな犀星の思いが込められているそうです。
つまり、ふるさとはいいことばかりでなく、愛憎入り混じった複雑な思いで語られる場所なのかもしれません。八尾もかつてはあちこちに「ひったくりに注意!」の貼り札があり、路地裏ではカツアゲが横行し、学校では校内暴力の嵐が吹き荒れる、というやさぐれた町でした。しかし、私にとっていい思い出も苦い思い出も兼ね備えた場所となると、やはりここ。ゆかりのある天台宗の〝型破りな僧侶〟こと今東光(こんとうこう)が愛し、公式サイトでこの町の出身地とする天童よしみが唄い、河内音頭家元の河内屋菊水丸が踊り狂う八尾の町。なんだかんだいっても、やっぱりここが〝ふるさと〟なのでしょう。