

みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。今年、創業70周年を迎えることができた風光社。社員みんなで祝う節目の記念式典を、先日開催しました。これも日頃からご愛顧をいただいている、お取引先のみなさまのおかげです。この場をお借りして心から感謝を申し上げます。

さて以前もご紹介した通り、私は水泳ができません。浮くことはできても息継ぎができないので、おのずと活動範囲は足がつき、顔を水面に出せる深さの水域に限定されます。そんな私のささやかな夢は、一人乗りの競技用ボートで自由に漕ぎ回ること。しかし、ボート(ローイング)の競技で使うシングルスカルという艇は、スピードを出すため徹底的に贅肉をそぎ落とした設計のため安定性に欠けるため、下手くそがバランスを考慮せずに乗るといとも簡単に転覆します。泳げない人間にとって、これは恐怖でしかありません。

しかし、そんな悩みを解決してくれるコースタルという艇が登場しました。グラスファイバーやカーボンを使った艇は、剛性が高く安定性を重視した設計のおかげで安全に漕ぐことができます。試しにこの艇に乗らないかというお誘いと、ついでにレースも出ませんかという後輩の提案にすっかり心を奪われた私は、ホイホイと試乗に向かいました。ちなみに2028年のロサンゼルスオリンピックでは、この艇を使ったビーチスプリント・ローイングという競技が正式に採用され、今後注目を浴びることは間違いありません。それなら競技人口が少ない今こそ、我々のメダル獲得も夢ではない。こんな邪(よこしま)な思いを抱きつつ、実際に漕いでみると実に面白い。バランスが良く小回りが利き、思った所へ風を切ってスイスイ進みます。これぞまさに人馬、ではなく人艇一体。これならレースも大丈夫と、根拠のない自信がどんどん膨らみます。しかし世の中、そんなに甘いわけがありません。


このビーチスプリント・ローイングという競技は、その名の通り砂浜のスタートラインから波打ち際まで全力疾走し、ボートに乗り込んだらブイを定められた順番に周回して、折り返し浜辺に戻ったら再び砂浜をダッシュしてゴールへ飛び込みます。走力とローイングのパワーはもちろん、波や潮の流れ、風などを把握しつつ、艇を最短距離で進める経験値と技術が求められるのがこの競技。しかし、そんな事には気づきもせず、我々は体力勝負と信じて本番を迎えました。


ぐっと気温が下がった10月下旬の週末、レース当日の会場の天候は小雨。イメージでは太陽が燦燦と輝く青い空と白いビーチだったはずが、目の前は鬱々としたモノトーンの世界。このギャップの大きさになんとなく心がざわつきます。しかもエントリーリストを見ると、参加するのはローイング界隈で名を馳せた猛者(もさ)だらけ。この時点で入賞という目標はあり得ない、という厳しい現実に直面しました。


ついに予選が始まります。スタートコールに反応して砂浜を駆け出したものの、ムダな気合が空回りして波に翻弄される艇へなかなか乗り込めない。ようやく乗り込んでも波にオールが取られて真っすぐ進まない。そうこうしているうちに完全にコースを見失い、あさっての方向へ漂流し始める始末。浜辺に陣取る高校生や大学生から送られる「大丈夫?」的な視線と「そっちじゃない、こっち、こっち!」という大声援を浴びながら、まるで遭難者が奇跡の生還を果たしたようなゴールとなりました。あまりの恥ずかしさに、穴があったら入りたい。


予選で6名中5番目という結果に沈んだ私は、敗者復活戦に回されます。こちらは二人で競うマッチレース。勝てば準決勝進出、敗けたらお終いという大一番の相手は、昨年も出場しているベテランの経験者。それゆえまともに戦っても勝負になりません。そこでスピードを追求せず丁寧な漕ぎでタイムロスをなくし、相手のミスやトラブルを待つという〝他力本願大作戦〟を選択。これがハマってほぼオーダー通りに周回でき、予選に比べて大幅なタイムの短縮を達成しました。でも、これはあくまでも自分との比較。一緒に出漕した相手にはもちろん大差で敗れました。とはいえ、穴がなくても大丈夫なくらいの出来栄えだったからまあいいや(笑)。


順位はやはり6名中5番目となりましたが、とりあえず夢が叶ったので個人的には大満足。学生時代の〝ガレー船〟のような状況ではなく、自分の意志で広い海を自由に漕ぎ回るのは至福のひとときでした。しかも転覆して溺れる心配もありません。これからはもう、息継ぎの練習はしなくて済みそうです。
