みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。
「いつでもできる」は「いつまでもやらない」と同義、という持論を持つ私はいろんな場面でこれを実践?しています。もちろん「締め切り」があれば、クオリティはともかくあらゆる手段を駆使してやり遂げましたが、ない場合は常に先送り。かつて「いつでもできる」といえば禁酒・禁煙・ダイエット、という感じでしたが令和の時代はどうなのでしょうか?個人的には録画しっ放しのテレビ番組、買ったまま冷蔵庫の奥に眠る各地の瓶詰食品、隣地の領空を侵犯している木の枝、iOSのバージョンアップ、衣替えの時期はとうに過ぎたのにエア◯ズムとヒート◯ックが混在するクローゼットの中など、「いつまでもやらない」ことは枚挙にいとまがありません。
しかし、期限がないからと放置できない筆頭は防災・減災の取り組み。災害はいつ襲ってくるかわかりません。関東に比べて「地震が少ない」といわれていた関西ですが、歴史をひも解けば何度も大きな地震に見舞われてきました。方丈記や愚管抄、平家物語に記載される1185年(文治元年)の京都地震(文治地震/M7.4)や伏見城の天守が倒壊した1596年(文禄5年)の慶長伏見地震(M7.5)、明治以降では1925年の北但馬地震(M6.8)、1927年の北丹後地震(M7.3)、そして記憶に新しい1995年(平成7年)の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災/M7.3)など、こちらも枚挙にいとまがありません。
イザナギノミコトとイザナミノミコトが海をかき回してできた“オノコロ島”が日本列島であれば、恐らく問題はなかったのでしょう。しかし約2000万年前にユーラシア大陸から切り離され、地震の原因となるプレート同士がぶつかり合う地点に位置するこの列島は、将来にわたって地震から逃れることはできません。ある資料によると、世界の陸地面積のわずか0.3%にも満たない日本列島で発生する地震件数(M6以上)は、なんと世界の20%以上を占めているそうです。そして、今年は関東大震災からちょうど100年という節目の年。そうとわかると、防災意識が高まります。
そんなある日、自治連合会から防災訓練の案内が届きました。これまでスルーしていた防災訓練ですが、今年は町会長を務めているため参加はマスト。しかも自身の防災意識が盛り上がったタイミングでもあり、初めて足を運ぶことに。会場となる近所の高校のグラウンドには、「煙体験ハウス」や「訓練用模擬倒壊家屋」、無数の消火器と防災グッズ、そして見慣れた?AED(自動体外式除細動器)と上半身のみの人形が、テーマパークのアトラクションのごとく整然と配置されていました。
自治会長と消防署長の挨拶で始まったこの防災訓練、参加者は4班に分かれて順番に消防団員の説明を聞いてから実演します。ひとつの訓練に15分、全部で1時間の濃厚なカリキュラム。参加した老若男女は全員が煙に巻かれ、放水し、ジャッキで家屋を持ち上げ、AEDを操作。座学ではなく、あくまでも体験型に特化した防災訓練は実にリアルで、災害に対して無防備でいることの恐ろしさにあらためて気づきました。
地震調査研究推進本部(文部科学省研究開発局地震・防災研究課)では、南海地震の発生確率は今後30年で70~80%程度、50年だと90%程度と想定しています。もし仕事中に南海トラフが暴れたら、社員の安否確認から避難場所の指示、備蓄飲食料の取り扱いなど瞬時に判断する必要があります。
そして当然、マヒした交通機関に頼らず自力で自宅まで帰らねばなりません。Googleマップで調べると、会社のある谷町九丁目から自宅までの距離は48.7km。所要時間はなんと11時間12分!そう、これを知るだけでもいざという時の心構えが出来上がります。
とにもかくにも、防災に関しては「いつでもできる」から「いますぐやる」へ。まずは水と食料くらいは備えておきましょう。でもアルファ化米より干し柿かな…。