みなさまこんにちは。風光社グループ代表の細川です。
三方を山に囲まれた京都盆地。京都タワーの展望台から北の方向を眺めると、両端にひと際目立つ山があります。向かって右が比叡山、左が愛宕山。この二つの山にはある逸話が残っています。 ぜひ市原悦子さんの声でお読みください。
「むかしむかしのことじゃった。ある日、京都で一番高い山を決めようと、都の山が背比べをしたそうな。その結果、勝ち残った比叡山と愛宕山の両者がガチ対決。ところが、どちらも同じくらいの高さで決め手がなく、なかなか決着がつかんかった。そうこうしていると、待たされてイラついた比叡山、いきなり愛宕山の頭を一発ポカリ。するとまあ、殴られた愛宕山には大きなたんこぶがムクムクと。これにてこの勝負、愛宕山の勝ちとなったそうな」
ちなみに被害者の愛宕山は標高924m、加害者の比叡山は標高848mですから、たんこぶの大きさはなんと76m!いかに激しく殴打されたかがわかります✊。ケンカに負けて試合に勝った(笑)愛宕山には夏に登ったので(千日詣り)、今回は比叡山へ耐寒登山と称してお友達と登ってきました。
京都府と滋賀県にまたがる比叡山は、山のほとんどが天台宗総本山 比叡山延暦寺の境内にあたり、峻険な山中にはおよそ100のお堂が点在します。世界文化遺産にも登録されているこのエリアにはいくつかの登山道があり、その中から明智光秀が比叡山焼き討ちの際に駆け上がったと伝わる無動寺坂を登ることにしました。
まずは出発地点の大津市坂本へ。つい先日、直木賞を受賞した今村翔吾さんの「塞王の楯(さいおうのたて)」に描かれる、穴太(あのう)衆が築いた〝野面積(のづらづみ)〟の石垣を眺めながら出発。住宅地の舗装路から林道、そして登山道へ。無造作に積まれた急な石段を喘ぎつつ足を進めると、数多くの石仏に出会います。これは、古い信仰の道であることのなによりの証拠。それにしても、重い甲冑で身を固めてこの坂を登った当時の武士は、すごい運動能力の持ち主だったわけですね。
琵琶湖の輝く水面と大津の市街地を背後に感じつつ、急こう配を登りきると無動寺の境内に到着。さらに登ると、「千日回峰行」の中で最難関といわれる「堂入り」の舞台となる明王堂へ。9日間の断食、断水、不眠、不臥(ふが)をしつつ不動真言を10万回唱えるという荒行の苦労は、凡人からすると想像もつきません。
前夜に降った雪をキシキシと踏み固めつつ、ケーブル比叡駅をかすめて一気に山頂の大比叡(おおびえい)へ。登りなのに汗もかかず凍えるような気温の中、歩き始めて約2時間で三角点に到着しました。お腹が空いた...とて、あまりにも積雪が深く風も強くて寒い⛄。
急いで少し山を下り、風を避けながら昼食タイム。持参したストーブでポコポコと沸かしたあつーいお湯を、登山ランチの定番メニューであるカップ麺に注ぎ込み、できたてをハフハフいいながら啜ります。ああ、飢えて凍えたカラダに染み渡る、これぞ至福のひととき💗。おにぎりは半凍りでしたが。
腹ごしらえが済んだら、京都の奥座敷こと大原の里を眼下に眺めつつ、根本中堂から表参道を下ります。積雪や凍結、豪雨に浸食されてガレ場と化した道を、笑う膝でクリアしつつ麓の日吉大社へ。さすがに下界は暖かい!山頂での尋常でない極寒も、降りてしまえばもはや遠い昔話。とはいえ、今回はお天気に恵まれたおかげで軽装でも大丈夫でしたが、油断は禁物。冬山を舐めてはいけません。
山の上からくっきり見える琵琶湖、雪化粧の比良、伊吹、鈴鹿の山脈、そしてあべのハルカスや淡路島まで見通せる贅沢な眺望は、晴れの日が多く空気が澄んでいるこの季節ならでは。登りで疲れ切っても「ケーブル」という〝飛び道具〟が使える比叡山は、春の新緑に始まり秋の紅葉そして冬の雪景色と、その装いを替えながら老若男女を問わず、いつも優しく迎えてくれます。