
私たち風光社は、
2025年3月30日に設立70周年を
迎えました。
「広告を通じて、
得意先の発展に貢献しよう。」
その想いを理念に掲げ、設立当時から
サービスをお届けして参りました。
次の10年、その先の100年に向かって、
これまでのみなさまへの感謝の気持ちを
胸に、新たな扉へと歩き出します。
これからも私たちは、
地域とともに成長し続け、
みなさまに、扉の向こうの魅力を
お伝えして参ります。
記念マークのご紹介 ANNIVERSARY MARK

外の世界は
「人との出会い」「街の変化」
「見知らぬスポット」など
新たな「発見」で満ちている。
ドアの向こうで、
それを一緒に体験しようよ
というメッセージを込めました。
また、当社の責務として、
景観との調和、
訪れる人達への配慮や、
安心・安全・便利を1番に、
ドアの外へ呼び出すに値する
世界(社会)を創る
という決意をも表しています。
これからと

旧満州で事業を興したものの戦地に召集され、シベリア抑留ですべてを失った創業者の瀧浪静一。大阪、四天王寺の小さな部屋で始めたのは、市電の広告を仲介する事業でした。なんとか経営を軌道に乗せ、法人化した1955年の3月30日。株式会社風光社のスタートです。
そして今年、みなさまのおかげで設立70周年を迎えることができました。生活動線をつなぐOOHメディアの力で、街の賑わいとさまざまな人々が快適に移動できる空間を創造する。これからも、風光社グループの新たな挑戦にご期待ください。
細川 公志
1955 始まり
戦後から10年、世の中が復興から経済成長へシフトし、いわゆる3種の神器の登場をはじめ、人々の生活が豊かになりつつある中、私たちは、個人事業をへて1955年1月に法人設立、株式会社風光社がスタートしました。
製造業が主流の時勢の中、販売をお手伝いする広告宣伝の代理業としてその第一歩を踏み出しました。

1975 前進
前年の第一次オイルショックによる業績悪化の回復を図るため、設立20周年を皮切りに、経営計画・社是を策定。
大阪市交通局(現Osaka Metro)、国鉄(現JR西日本他)、阪急電鉄を主な取引先とし、交通広告専門広告代理店として、着実に体力・知力を養っていきました。現在の企業理念「広告を通じて、得意先の発展に貢献しよう。」は当時策定した社是の一文です。

1987 一丸
1979年、企画・製作部門を分離しアドトップ株式会社を設立。そして1987年、屋外広告の仕入・買付部門も同様に、関西メディアサービス株式会社として独立しました。
企画・販売、製作・施工、仕入・買付、各々の役割を完全専業化した現在の風光社グループが完成しました。この体制により顧客のあらゆるニーズに対応できるようになりました。

1995 発展
世の中に役立てる広告を創りたい…
きっかけは、そんな想いだったかも知れません。90年代に入ると、社会に貢献できる広告の企画・開発に注力していきました。
その代表例が「AEDタイアップ広告」です。
Pick UP!
AEDタイアップ広告

2004年に企画開発し、現在もOsaka Metro全駅に設置され、駅利用者の安心・安全の一助となっています。
2025 未来へ
「広告を通じて、
得意先の発展に貢献しよう。」
企業理念のこの一文が、私たちの行動規範であり、使命であり、なにより設立以来変わらない信念です。
これからも、みなさまのお役に立てられるよう、グループ一丸となって取り組み続けます。
先達たちの想い、知恵、矜持…
培ってきた技術や歴史を糧に、100年企業を目指し歩み続けます。
